倫理観ちゃんのブログ

最高の人生にする

さよなら103号室

午前10時過ぎ、雲ひとつない3月の陽の光の下を鬱々とした気持ちで歩を進めた。彼に会いに来るたびに、こんなことするのはもう最後にしようと思う。でも彼に抱かれるたびに、「かもしれない」が確定に変わっていくのを感じる。

恋はするものではなくて、落ちるものだ。気付いたときにはもう自分では浮上できなくなっている。

恐らく何時間前かに、彼が乗ったであろう電車に揺られる。「ポストにカードキー入れておいてね、俺は仕事行くから、好きなだけ寝てていいよ」そう言った彼は、あたしの知らないうちに自分の部屋を出て仕事に向かった。自分では朝起きられないくせに。目が覚めたあたしを迎えたのは、家主を失ったワンルームの天井だった。あたしはこの部屋が好きだけれど、そこは彼がいなければ、何の意味もないただのベッドタウンのアパートの一室でしかない。「昨日俺が着てたやつだけどいいかなあ?」そう言われて昨夜渡されたルームウェアを綺麗に畳んで枕元に置き、彼が好きだと言った香水をワンプッシュ振りかけた。せめてもの抵抗のつもりだ。

今度こそ本当に最後にしようと決意しながら、乗り込んできた母親とベビーカーに乗った赤ちゃんを眺める。幸せになりたいなあ。そんなないものねだりのような願望をツイートしながら、ティンダーをインストールした。あたしは弱くてバカでどうしようもないので男の人の穴は男の人で埋めるしか方法が思いつかなかった。ミニスカートから出したあたしの脚に、あからさまな視線を送る短髪のネイビースーツを着たサラリーマンを横目にひたすらスワイプを進めた。あたしは多分これからも、あたしのことを可愛いと言って褒める男たちに冷たいこの男の話をして、上っ面だけの慰めと「俺はそんな風にしないよ」とかの台詞を聞きながら抱かれるんだろうなあ、と思うと情けなくて涙が出るよ。線路から眺める幾多のマンションをぼうっと眺めながら彼の声だとか仕草だとかを薄めていく。ことが出来たらいいのに。